Izukunzo題字画像 バス チャリ セスナ
■ izukunzo.......[安]はテキストサイト。ソーリー・ジャパニーズ・オンリー・ムッシュムラムーラ ■
時事戯言

映画戯言

芸術戯言

諸々戯言

芸術戯言 第004回
森村泰昌写真展
場所:川崎市民ミュージアム



 川崎市民ミュージアムで行われた『森村泰昌写真展』は、最終日ということもあり賑わっていた。武蔵小杉駅からバスで10分ほどだろうか、近くには等々力競技場などがあり、世田谷的”住みやすいから”な街づくりと似た印象を受ける。当日は夏日ではあったが、美術館は最寄のバス停からすぐのところにあるので、近代化された貧弱な脚力の方でも億劫ではないはずだ。

 森村泰昌現代美術作家として日本を代表する人である。これまで国内外の現代美術展へ多数参加し、注目されてきた。彼の代表的な作品には、世界的な名画のモチーフに自分が成り代わるシリーズや、女優シリーズなどがある。今回の美術展では、女優化した森村のセルフポートレート『女優家Mの物語』を中心に構成され、自分を知ろうとする森村の試みが口当たりよく楽しむことができた。

 森村泰昌は言う。「私は何にでもなれる」と。彼は写真の中でマリリン・モンローヘプバーンになり、山口百恵になろうとする。彼がその場面の中でそうなるためには、それなりの化粧と、それなりのファッション、そしてそれなりのポーズを施す必要がある。”外堀を埋める”ではないが、外面をそっくりに仕立てようとするのだ。しかし、そこには確実に彼しかいない。フワフワした中に彼がいるだけなのだ。

 彼がなろうとするものは、夢見ごこちの時代の夢である。

「歌手に、作家に、女優でしょ。それから、デザイナーにモデル。漫画家なんてのもいいわね。そうだロックンロールも必要かしら、あ〜あ、私がお姫様だったらなぁ」

 そんなショーワな夢の描き方が『女優家Mの物語』にはあった。彼が現代美術の世界に登場するのが1980年代半ばである、というのも大きく関係しているのかもしれない。

 今回の『女優家Mの物語』でも、そして名画に成り代わる作品群でもそうだが、人は彼の作品を見たとき、解体作業に入る。解体するものは、名画であり女優であり、特定のイメージを背負ったものである。モチーフに成り代わった森村を通して、名画を名画たらしめるものを、女優が女優でいる空間、瞬間を再認識するのだ。彼が自分を探すために行った、固定化されたイメージに成り代わる行為が、その固定化されたものを再確認する作業をしいるのだ。”美”とはなんなのか?と問われたとき、あなたならどう答えるだろう。そして芸術とはなんなのか?と問われたとき、あなたならどう答えるだろう。そんなとき森村の行為から生まれた。解体作業があなたの答えの助けになるのではないかと思う。

 さて、前の段落でキリもいいので終わっちゃってもいいようなすっきり加減だが、そうは問屋が卸さない



「でも、うちは問屋挟まないで、生産者と直接取引きしてるからねぇ。おたくがそう言っても、うちはあんまり関係ないんだよね。」
「そう言わずにお話だけでも聞いていただけませんか?お願いしますよぉ。」
「う〜ん、お願いされてもなぁ・・・。ちょっとこれから忙しくなるんだよねぇ。」
「お忙しい中大変申し訳ありません。それでは今日は弊社のですね、簡単な概要なんかが書いてあるこのカタログとですね、つまらないものですが粗品だけ置いていかせてください。」
「う〜ん、置いてっても見ないよ。」
「いえいえ、ご迷惑とは存じますが、置いていかないと上司に大目玉くらっちゃうもので、どうかよろしくお願いします。」
「あんたも大変だねぇ。」
「いえいえ、自営でやっている方のご苦労に比べれば・・・。あの、どうかコレ受け取っていただけないでしょうか?」
「いいよ、受け取るだけだからね。」
「ハイ、ありがとうございます。よろしくお願いします。」

(そこへその家の娘が高校から帰宅)

「ただいま」
「ハイ、おかえり〜。」
「あの、それではよろしくお願いいたします。(どっき〜ん!)」
「うんうん、確かに受け取ったよ。」
「ありがとうございます。(どっき〜ん!)失礼いたします。(ドッキ〜ン!うわっ、超カワイイッ。ヤッベェ、高校生じゃん。)」
「お父さん、お客さん?お茶出したの〜」
「ん?いや。もう用は済んだんだ。」
「(セールスの人かしら、ちょっとかっこよかったな)お茶ぐらい出せばよかったのに。」
「いや、また来るみたいだからその時にはな。」
「(また来るんだ。いつかな。)何の人?」
「(ん?サトコの奴やけに気にしてるな)いやいや。」
「何よ?」
「セールスだよ。セールス。(あの男いい顔してたからな)」
「かっこいい人だったねぇ。」
「ん〜。そうか?(あの男、気に食わないな)」
「(あ、お父さん。ちょっと怒ったみたい)あたし5時からバイトだから、お母さんにご飯帰ってから食べるって言っといて」
「(あの男、気に食わないな)ああ。帰る前に電話しろよ。」
「うん、わかった。でも、すぐそこじゃない?」
「すぐそこでも夜になるんだからしなさい。その為に電話買ってやったんだろ。」
「(月の電話料金はあたしが払ってるんだけどなぁ)ハイハイ。」
--- 閑話休題 ---



 さて、森村の話をすっかりリセットしただろうか?無駄話が過ぎたようである。ここでググッと森村泰昌写真展に戻ってしまうからビックリする。

 ここまでの話で、森村作品から我々は既存の美に対する解体作業をしいられる、というようなことを書いた。既存のイメージをぶち破るのではなく、解体し、再構築を図ろうという行為はとても現代美術的であり、ポストモダンが幅を利かせていた時代らしい背景が見える。しかし、森村のねらいはそこにはないのではないだろうか。

 「私は何にでもなれる」

 彼がそう言ったことを忘れてはならない。つまり、解体作業は受け手に課せられた行為であり、森村自身が課した行為ではないのだ。彼の言葉通りに考えれば、彼が求めているのは、”何にでもなれる自分”ではないだろうか。

 ”何にでもなれる自分”とは、その時点では”自分は何者でもない”もしくは”自分は何者にもなっていない”または”今の自分はなりたい自分ではない”ということである。普通、その揺らいだアイデンティティーを立て直そうと、意識的、無意識的に補完する作用が働く。ある者は何かを目指し、ある者は何かになり、そしてある者はそういう面倒くさいことは忘れることにする。その中で森村の求めた自分は、”何にでもなれる自分になる”というものだった。

 ”何にでもなれる自分になる”ということは、一方で何者にもならないということである。”何にでもなれる自分”になってしまえば、それは”何にでもなれる自分にしかなれない”という破綻を迎えるからで、それは”何にでもなれる自分”ではない。

 以上のことを回避する方法を森村は知っている。それは、「私は何にでもなれる」と思い込むことであり、そして実は何者にもならないということである。その証拠に彼は外壁を何者かにしようとする。それは、化粧であり、かかとの高いピンヒールであり、サングラスであり、かつらであり、内側を空洞化させ外側に集中するのだ。下から強い空気をあてられて浮遊するボールのように、彼はフラフラと空気の上を踊る。ただフラフラとその場に浮いているのだ。トロンとまどろみ、夢うつつで「私は何にでもなれる」とつぶやく。それが彼のいる場所ではないだろうか。なぜなら、写真の中の彼は物言えぬ人形のように何者でもないからである。


 

◎ 川崎市民ミュージアム
神奈川県川崎市にある映像系に強い美術館。福田繁雄のでかいオブジェなんかもあり、周りの雰囲気もなかなかいい。お金かかっている美術館だ。1988年開館。バブリーね。
川崎市民ミュージアム
http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/

◎ 武蔵小杉駅
東急東横線、東急目黒線、JR南武線が交差する駅。渋谷方面、横浜方面、多摩方面にも行けたりしちゃう大変便利な駅。

◎ 等々力競技場
Jリーグ2部で活躍する川崎フロンターレのホーム。以前はヴェルディ川崎もフランチャイズにしていたが、東京に移転(チーム名も東京ヴェルディ1969というアホな名前に)。ヴェルディはその後衰退の一途をたどり、サポーター全然いやしない。

◎ 森村泰昌
京都市立芸術大学卒、大阪生まれのアーティスト。1985年に登場。ベニスビエンナーレなど国内外の現代美術展に精力的に参加。たぶん下のはオフィシャルサイト。
森村泰昌百貨店
http://www.morimura.gr.jp/

◎ 現代美術
現代の美術。世間的にはたぶん、絵画とか彫刻とかそういう古くからある芸術の範疇に属さない感じのものだと思う。

◎ 国内外の現代美術展
トリエンナーレとかビエンナーレなんて言葉が付いているのは、結構大きくて国際的かも。トリエンナーレは3年に1度。ビエンナーレは2年。映画でいうところのカンヌとかベネチアとかの映画祭みたいなもんかな。

◎ 世界的な名画のモチーフに
自分が成り代わるシリーズ

日通のページに画像がありやした。
森村泰昌 空想美術館
http://www.nittsu.co.jp/supp
/1998zenhan/morimura
/morimura.html

◎ 女優シリーズ
川崎市民ミュージアムのサイトにありますた。
森村泰昌写真展
http://home.catv.ne.jp/hh/
kcm/exh/morimura.htm

◎ セルフポートレート
自画像。

◎ マリリン・モンロー
ププッピドゥの人。『ノーマジーンとマリリン』という映画があるが、ミラ・ソルヴィーノのマリリンはちょっと違うかなって感じ。
Marilyn Monroe's Official Web site
http://www.marilynmonroe.com/

◎ ヘプバーン
オードリー・ヘプバーンのこと。ベルギー出身のスター女優。この間、『マイ・フェア・レディ』を観たが、映画の中で彼女はレディになりたい女の子を演じていた。しかしよくよく調べてみると彼女は当時35歳ぐらい。化け物である。
素晴らしき哉、クラシック映画!より
オードリー・ヘプバーン
http://www.geocities.co.jp/
Hollywood/5710/a-hepburn.html

◎ 山口百恵
現在は三浦友和の奥さん。もう引退してしまったが、素晴らしい歌手である。ちなみに山口百恵のベストアルバムを聞きながら、『百恵にフォーカス』という写真集を眺めることが極私的に流行っていた。

◎ 外堀を埋める
慣用句。目的を達成するために、遠まわしに既成事実を作ること。

◎ ショーワ
昭和のこと。1926年から1989年まで

◎ 1980年代半ば
昭和の終わりごろ、森村泰昌の登場した1985年は昭和60年

◎ モチーフ
絵や彫刻などの表現の中心。

◎ そうは問屋が卸さない
そう簡単に思い通りにはいかんぜよ。

◎ 粗品
粗末な品。たま〜に見かける「オリジナル粗品差し上げます。」ってコピーはなんだか面白いぞ。もっとやってくれ。

◎ 閑話休題
「それはさておき」という感じに話を元に戻すときに使う。

◎ ポストモダン
建築にはじまって芸術一般やファッション・思想の領域で、近代主義を超えようとする傾向。脱近代主義とかいう。

◎ アイデンティティー
自己同一性とかいう。自分が自分だと思えることって言えばいいのかな。自分の存在を証明するもの。

◎ 補完
足りないことを補って完璧にすること。エヴァンゲリオンで、ゼーレがやろうとした人類補完計画の補完のこと。

◎ 破綻
成立しないこと。成立してないこと。破れちゃうこと。

◎ 下から強い空気をあてられて浮遊するボール
その昔、僕が子供だったころ、保育園の帰りしなにある喫茶店で子供はもらえた。シャボン玉のストローみたいなのが直角に上に曲がっていて、その上に小さな球を乗っけてストローを吹くとフワフワと球が浮かぶ。その後、小学生の時に教育テレビでドライヤーを使って同じようなことができることを知ってとっても感動したよ。
川口市立児童文化センター 風パワーを探る
http://www.city.kawaguchi.saitama.jp
/science/kazepo.htm

もらおうドットコム
indexzone
掲示板 手紙 Izukunzo題字画像
copyright gelheadunderground All Rights Reserved since 1998