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時事戯言 第004回 狂牛病から寿司までの過程 狂牛病が話題に上っている。もろに肉を使う焼肉や牛丼、ハンバーガーなどの外食産業の株がのきなみ暴落していたが、ここにきて大手牛丼チェーン吉野家をかかえる吉野家ディーアンドシーや、マクドナルドの株は反発しているようである。やっぱり右肩上がりでぐんぐん来ている会社は反発も早いな、と思う。 全然関係ないけど、吉野家D&Cという名前は、吉野家が今は無きダンキンドーナツを経営していたD&Cをを吸収してできた名前である。そしてD&Cというのは確か「ドーナツとコーヒー」の略だったはずである。吉野家D&Cだなんて、恐ろしく胸焼けしそうな社名じゃないか。 ところで吉野家がどんなシステムを使っているのか僕には知るところではないけれど、弱った外食チェーンを吸収するのが得意技のようである。おそらく店舗を管理したり、経営していくシステムに自信があったからなんだろうが、ダンキンドーナツは潰れたし、持ち帰り寿司チェーン、京樽は大丈夫なのだろうか。もっとも大丈夫じゃなかった会社に金を注いだわけなので知ったこっちゃないけども。 経済の世界では、今一番儲かっているところのやり方が一番最善であると思われているらしく、現ブッシュ政権の一つ前のクリントン政権の時は経済的な仕組みをアメリカから学ぼうとする動きがあった。 一方日本は、それより少し前になるが、高度経済成長の集大成(醜態?)としてバブル景気のころに学ばれる側に立っていたのである。古本屋などでバブル当時の経済書などを買ってみるととても面白いことがわかる。今では悪者としてしか扱われないガチガチの官僚体制や、終身雇用制度など、あの天下のアメリカでさえ、見習おうとしていたようだ。 おそらく経済の原点は、みんながよりよく暮らせるための社会のシステムを作っていくことにあったはずで、人がたくさん集まればその分、たくさんの奴が幸せにならないとそれは間違っているとされるのだと思う。何のためにそれがあるのか、と考えた場合、たぶんそんなに的外れではないはずだ。そして、僕がこれまでなんとなく体感している経済の流れなんてバブル期ぐらいからなもので、あとは歴史ってやつでしかない。それだけの体感で物事を語るのはおこがましいのかもしれないが、もともと失礼千万なくそったれ野郎なのでしょうがない。たとえ許してくれなくても許してくれと言うしかない。 物心がついたころにはすでに、経済の中にはトレンドという奴が確実に存在していて、みんなそいつを求めて右往左往していた。株式というシステム自体が人気投票なので仕方が無いのかもしれないが、がっついた烏合の衆という感じであまり好きにはなれないでいる。なんつーかゴールがないって感じなのかもしれない。 だって金持ちになったらそこで金持ちから金を切り離していかないといつまでも目的が達成できないってことになるんじゃないか。金を切り離すってのは金を使うってことなんだけども、金持ちが金持ちであるという確信を得るために高級車を買ったりするのっておかしい。金持ちの目的は金持ちでいることなのだろうか。目的は金を使って自分を満足させられだけの価値ある物を買いたいからじゃないのか。「自分を満足させられるだけの価値」って奴が金の尺度でしか存在しないとしたら、ただ金を持っているだけでいいはずで、使い方を知らないんじゃ腐らしとくだけではないだろうか。 別に金をかかるものが駄目だとか言っているわけじゃない。欲しい車が高かったっていうのなら意味がわかるんだけど、金持ちという場所に自分を置きたかったから、高い車を買ったってのはすっごい恥ずかしいことなんじゃないのか。なんか金を使う価値のない人間と自分で言っているようなものじゃないか。せっかく集めた金だって、自分の判断が先ではなく、他人の判断が先ってことは 「自分の中にはなーんにもありません。なのでお金っていう一つの価値基準の中で高価だとされているものを所有して、高価なものを所有している自分というところに価値を見出したいと思ってまーす。どうですか私以外の烏合の方々、すごい?」 ってことでしょ。なーんかそんなのつまんねぇ。そういうもんなのか。そういうもんならそういうもんで仕方が無いのだろうが、全っ然幸せじゃないねダッセェ。だからって僕にはみんなが幸せになれる方法なんか思いつかないけど。頭も良くないしね。 そういえば吉野家とかの話をしていたことを忘れてた。話が横道にそれて行く悪癖はもともとあるのだが、この文章に限って(?)は横道も何も書きながら考えているので本筋さえもあやふやである。話を前の方に戻そう。いや戻さなくてもいいのか。経済がどうのこうのとブツクサ言っているより、戻ったほうが動きやすそうなので戻っておこう。戦争と遠足と雑文は動きやすいことが重要だ。 僕が吉野家系列で一番気になるのは不思議な名前で意表をつく「鮨ハミータ」である。鮨とつくぐらいなのだから当然寿司屋であり、しかもグルグルと回っているアレである。しかしそれにしても一体ハミータって何なんだ。 最近、回転寿司のお店が飽和してきたせいか奇抜な名前で打って出るところが多いように思う。前述した「鮨ハミータ」もその中の一つだが、そもそも回転寿司のルーツは当然ながら回転しない寿司屋にある。なので以前の回転寿司屋は 「うちは回転してますが、普通の寿司屋と変わんないよ」 と言いたいがために「江戸前」であるとか「にぎり」「北海」「本マグロ」などというキーワードを多用していた。つまり、あくまで回転寿司は従でしかなかったということである。ところがその主従関係が、低価格競争や手軽さの追求によって崩壊したらしく、今では一般の寿司屋がランチタイムに破格のランチセットを提供したり、激安のサービスデーを設けたり、回転寿司に鞍替えしてみたりと価格破壊にご執心である。 そんな中、そこに砂糖があるとわかれば、我先にと人が群がってくるのが商売である。いまや普通の寿司屋をやるより回転させたほうがうまくと言われているのだから、回る寿司屋が乱立するのもしょうがない。そして乱立すれば、当然過当競争になり、だからこそ人の気を引こうと「ハミータ」なんて名前の、はみ出しているスペイン人みたいなのだって生まれるのだ。 ここで、ちょっと気になったので少し変わった名前の回る寿司屋を調べてみることにした。外は雨が降っていてどこにもでかけられないからそんなことをしてみる。 まず、吉野家D&C傘下の「鮨ハミータ」。上に書いたのでこれにはもう触れなくていいだろう。そして、「ち〜らし〜」で有名な永谷園がやっている「お寿司のマーチ」。なかなか落ち着いて食べさせてくれなさそうな店名である。ちなみに、ハミータとマーチはともに僕の家の近所にあるのでわが町を代表する観光スポットになっている(嘘)。 調べるにあたって、検索エンジンを使用したのだが、回転寿司を取り扱うサイトはかなり多いことがわかった。そしてその中から「山手線の回転寿司」というサイトを参考に面白い名前を探してみた。このサイトには相当数の回る寿司情報が掲載されているので、山手線沿線に用事があるときは要チェックである。以下はそこから拾い上げたオモシロ店名に一言加えたものである。 ● モダン寿司店 すしグルメ ● ファミリー寿司 アトムボーイ ● マリンポリス ● ファミリー寿司 寿司ボーイ 人間はとらわれの中にある。上にあるような店名は僕の中にある既成概念を崩そうとする。凝り固まった既成概念を破壊してくれるような刺激的な出会いは大歓迎である。しかし、その破壊が美しくないものはやはり残らないと思う。カタカナと漢字の組み合わせはなんだかパチモンの匂いがしないか?頑固な寿司職人からすれば、回転寿司自体がパチモンだろうが、僕は回転寿司にパチモンの投げやりな感じを受けない。 寿司はそもそも、手軽に食べられるラーメンみたいな存在だったはず。ゲスな庶民の食べ物で、せっかちな江戸っ子がパクっと食べてすぐ仕事にかかれるようなそんな食い物だった。それがいつのまにやら敷居の高い高級品である。金なし野郎Aチームな僕は、ゲスに食べることも、品よく食べることもできるんだから選択肢がひろがったのだと喜んでおいたほうがいいとちゃっかり思う。 最近では味よしネタよし値段よしの回転寿司のことを『スーパー回転寿司』と呼ぶらしい。せっかく味で勝負しようとしているのに、美しくない響きでゲンナリしてしまう。なんかインフレで膨張した通貨みたいにゼロの数が増えていくようで、そのうち『元祖超ウルトラスーパー回転寿司ダブルゼータ』みたいなことになってしまわないか不安である。もっとも、世の中がそれぐらい無茶できる状況ならば、僕はもっと普通に生きているはずだ。どうでもいいけど、本当に雑文らしい雑文を書いたものだとうれしくなってしまう。 |
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