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映画戯言 第005回 バルカン超特急 監督:アルフレッド・ヒッチコック/製作:エドワード・ブラック/脚本:シドニー・ギリアット、フランク・ローンダー/撮影:ジャック・E・コックス/音楽:ルイス・レビ/出演:マーガレット・ロックウッド 、マイケル・レッドグレーブ、ポール・ルーカス 製作年:1938/製作国:イギリス/時間:95分/ そういえばバルカン超特急を観たことを忘れていた。 僕は大切なことをすぐに忘れる。なのでそんなに大切じゃないことなんて、もう記憶するということもしていないのかもしれない。あんまりにも有名な作品なので、書こうか書くまいか迷ったが、貧乏性が災いして書いてしまった。書いてしまえば、書いたことや映画を観たことを忘れたって、そんなに悔いは残らない。 そもそもこの作品を観たのには理由があった。弟の大学で水野晴郎がトークをしに来るという話を聞いて、『シベ超』のことが頭のどこかにあったのだ。しかしそれは素直にシベ超を観るということに向かわず、ちゃんとしたのが観たくなったのだ。いや、シベ超はシベ超ですごいのだけど、そういう気分じゃなかったのだから仕方ない。 それにしても1938年制作当時、バルカン超特急を観た奴らはお腹いっぱいになったことだろう。この映画だけで、しばらくは酒の肴のおしゃべりが尽きることはない。それぐらいお見事。ヒッチコックってお見事という言葉が本当によく似合う。 この監督の映画は、どれも物語がよく出来ている。しかしそれは映画でしか表現できない類のもので、小説だとちょっと苦しい。舞台だとできるのかもしれないが、あんまり観たことが無いので何ともいえない。 言葉というのはあからさまで、その言葉に意識が現れてしまう。それは、ただの状況説明の文章だって説明している人の「見方」抜きには考えられない、ということだ。誰かが口で説明しているところをイメージすればわかりやすいかもしれない。媒体としてのい良し悪しの話ではなく、やっぱり言葉はあからさまだ。それはどんなに包み隠した言葉であっても、「包み隠した言葉」ということが離れることはないからだ。 そしておそらくたぶん、目で情報を伝えるメディアでないと、『神の目』というやつはなかなかうまくいかないのだ。「客観的」はあくまで客観的な視点なのであって、誰でもなく、何でもない視点というやつは、所属があいまいなだけに説明が難しい。しかしそれは、スクリーンや画面上では一番落ち着く。自然体をアピールしたい夫婦が「空気みたいに自然」というが、収まりがいいというのは、けつまずくようなとっかかりがない、ということだ。だから物語が体に侵食してくるんじゃないだろうか。 しかし、この神の目ってやつはとてもやっかいである。ときに神のふりをしたつまんない視点であったりする。そしてそういう場合、煮ても焼いても食えないのがたいがいなので、腹を立てるか、ウンコに行く。新宿に『シュリ』を観に行ったときは、後者の選択をした。1500円も払ってウンコをしに行ったのには、我ながら大満足で実に有意義だったと記憶している。そういう意味じゃシュリはおもしろかった。 たまにはこういうド鉄板な映画を観るのも悪くない。それよりちゃんと観ておいた方がいい気がする。理由はないけど、そう思う。カンはよく当たる方だと思う。カンと運には結構自信があったりする。カン自慢と運自慢はバカに見られるので大好きだ。 「まっどうでもいいんですけどね。」ミツマ風で閉めてみることにした。 |
◎ バルカン超特急 ◎ 水野晴郎 ◎ シベ超 ◎ 媒体 ◎ 神の目 ◎ シュリ ◎ 京樽 ◎ ミツマ |
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